いま欠けているのは感動する心だ

バックミンスター・フラー氏(1895年~1983年のアメリカの技師、建築家)が、生前、キャンパスを訪ねられたときのことである。この魅力的なご老人は小さなマイクひとつを手にしただけで、ノートも、黒板も、オーディオもビデオもなにも使わずに、3~4千人の聴衆に向かって3時間と15分のあいだ、休みなく語りつづけられた。フラー氏は希望と未来について素晴らしい事をたくさんおっしやったが、つぎのような言葉で話をしめくくられた。
「私は未来に対して大きな希望をもっています。そして私は、その希望をつぎの3つに賭けています。それは、真実と若さと愛にです」
氏は小さなマイクをしまうと、ステージを降りていかれた。真実、若さ、愛・・・この3つは、私たちの明日への希望にもなるのではないだろうか。一般の人びとも、このごろようやく愛というものに目を向けはじめたようだ。以前ほど恥かしがらずに・・・。「私たちは原点に戻らなくてはいけないのかもしれない」とみんなが言いはじめている。ジルバーマンもこう書いている。
「いま欠けているのは感動する心だ。学校は楽しみもふれあいもない場所になりはて、子供たちを窒息させ、創造性をつみとり、楽しみをぶちこわしている」
学校はこの世の中でどこよりも楽しい場所であるはずだ。なぜなら、学ぶことは大変楽しいことであり、ファンタスティックな気分がし、あなたはなにかを学ぶたびにどこか新しく変わっていくからです。学ぶということは、あなたもそれに合わせてすべてを調整しなおさずにはいられなくなり、その結果、新しく生まれ変わり、自分で学びとったものにとりまかれることなのである。では、ここでちょっと、「愛あるひととはこういうひとだ」と信じていることについて次回紹介してみたいと思う。

— posted by Self at 12:22 am